【読了】『茶色の朝』

フランク・パヴロフ著 『茶色の朝』。
とても短く、さらっと読み終わる本ですが、読んだ後にはなんとも言えない気持ちがこみ上げる。そんな本でした。

『茶色の朝』は1998年にフランスで出版され、それ以来、多くの人に読まれてきた本です。著者のフランク・パヴロフは心理学者で、フランスで極右政党が台頭してきていた政治情勢を憂慮し、印税を放棄して、わずか1ユーロという値段でこの本を出版したとのこと。

「茶色」という言葉から連想されるもの。
日本では、チョコレート? 土? ゴ○ブリ? そんなものが挙がるかもしれませんが、ヨーロッパ圏の人にとっての茶色は「ファシズム(ナチズム)」のイメージだそうです。(初期のナチスの制服が茶色であったことから)

『茶色の朝』は、こんな風に始まります。

ある日「茶色のペットしか飼ってはいけない」という法律が制定された。なので、主人公と友達は、自分たちが飼っていたイヌやネコを処分しなければいけないことになった。
それについて、なんだか釈然としない気持ちはあるけれど、「政府が決めたことなんだから」「きっとなにか深い考えがあるのだろう」「仕方ないよ」「今回はネコやイヌだけだし」などと、カフェで向かい合ってコーヒーをすすりながらやり過ごす。
けれど、政府が定めていく法律はペットだけにとどまらなくなり、ラジオだの新聞だのありとあらゆるものについて「茶色」のものしか許されなくなっていき、最後には…

つまり、「茶色の朝」の示すところは、「ファシズムに支配された世界の到来」

日本は、「アウシュビッツは捏造」と言う有名企業のトップ()や「ヒトラーの動機は正しかった」的なことを言う副総理 兼 財務大臣()が社会的立場を維持できる信じがたい国。そして、公文書を好き勝手に廃棄したり、統計を政権の都合のいいように改ざんしたり、芸術表現にも圧力をかけたり。
そんな危うい国に、2019年のいま、なってしまっています。

それでも、私たちがどうにか「茶色の朝」を迎えないためにできることは何か?

日本で発売されている『茶色の朝』の解説を書かれている高橋哲哉先生の考えは以下の通りです。

――大きな政治の動きに対して、なかなか国民の声が反映されにくいといわれています。「茶色の朝」を迎えないようにするために、私たちはどうすればよいのでしょう。

高橋 考えることをやめてしまう、つまり思考を停止してしまうのが一番怖いですね。とにかく自分の頭で考え続けること。考えたら声に出してみる。動いてみる。誰かに話してみる。

『茶色の朝』の主人公も、最後に自分が捕らえられる番になって、ようやく「抵抗すべきだった」と後悔しますが、考えることをすべて他人任せにして、「こんなはずじゃなかった」「だまされた」と言っても後の祭り。それが、本書が一番伝えようとしていることです。
「“茶色の朝”を迎えたくなければ、思考停止をやめることです」 哲学者・高橋哲哉さん|KOKOCARA(ココカラ)−生協パルシステムの情報メディア

現実世界では、権力に近い声の大きい人、主張の極端な人に注目が集まりがちですが、身近なところで自分の考えを表明していくことを諦めない。これに尽きるのではないかと思います。

どんなに声は小さくても、声をだしていかなくてはどこにも届かない。
発せられることのなかった言葉はどれだけ考えられたものであっても0のまま。

まもなく74回目の終戦記念日を迎えるいま、「仕方ないよ、お上の決めたことだもの」という感覚を捨て、「自分たちのことは自分たちで決める」という感覚を身につけることが必要不可欠になっている。そう思います。
▼ 『茶色の朝』の解説を書かれた高橋氏へのインタビュー記事、必読です。本のあらすじももう少し詳しく載っています。

『茶色の朝』大月書店の店頭用POP

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