ドラマ「銀河の一票」に出てきて知った宮沢賢治のことばです。
予想通り、いや予想以上に最低最悪を猛烈なスピードで日々更新していくる高市内閣と与党補完勢力で占められた国会。
知性がない、品性もない、浅いことばしか持たない、自我しかない。そんな面々の姿を見せつけられ、心底うんざりです。
私は「どんな環境でも自分は生き残ってやる!」とのバイタリティには欠けるため、基本的人権と個人の自由が保障される国を必要としているのですが、日本におけるそれがじわじわと削り取られようとしている気配が日々濃厚になりつつあり、どんよりと曇った心持ちに陥っています。
宮沢賢治のことばは「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と続くわけですが、さすがに私はそこまでは思わないものの、世界の足場がぐらぐらしているなかで、個人の幸福だけに注力できる気もしないなというのが正直なところで。
誰が出てこようが駄目なことをやった場合には駄目だと言い続けなければいけません。国民が、疲れたしバカみたいだからやめたとなったら、彼らの思う壺です。諦めてしまったら終わりだから、言い続け、踏ん張り続けて、できることは何でもする。私たちはそれぞれの仕事や生活の中で可能な振る舞いをしていく。
世界各地で戦争が続き、日本では改憲の動きが活発に。平和が大きく揺らぎそうな情勢の中で、私たちには今、何ができるのか?…
— SPUR / シュプール (@SPUR_magazine) July 24, 2026
内閣人事局で行政が牛耳られ、司法の検察にも政権の息のかかった人間がのさばり、立法も与党とその補完勢力多数のいま、最後はその三権の中心にいる国民が不断の努力をするしかないので、自分自身も後悔のないよう、デモなどにも足を運ぼうと思っています。
平和でなくなったら、民主主義国家でなくなったら、日常のささやかな幸せなんぞ、すべて吹っ飛びますから。
