音がポーンと鳴ったとき、基準となる音がなくても音名を言い当てられるなら「絶対音感」あり。

私も4歳ころからピアノを習っていたからか、いわゆる「絶対音感」と呼ばれるものを(たぶん)持っているのですが、

  • 「絶対音感」って何なんだろう?
  • どういう仕組みなんだろう?
  • どうやって獲得されたんだろう?

といった疑問があったので、それに答えてくれそうな本を読んでみました。

読んだのは、以下の2冊です。

  1. 宮崎謙一(著)『 絶対音感神話: 科学で解き明かすほんとうの姿
  2. 最相葉月(著)『 絶対音感

1冊目は「絶対音感」について研究されている認知心理学が専門の大学教授によるもの、2冊目は『青いバラ』で一躍有名になったライターさんによるものです。

「絶対音感」とのワードで図書館などのデータベースを調べてみると、幼児教育的な文脈で出されている本は多くヒットするのですが、一般向けのものとなると、この2冊くらいなのかな? という感じだったので、まずはこの2冊にしてみました。

出版年は『絶対音感』→『絶対音感神話』なのですが、私が読んだ順は『絶対音感神話』→『絶対音感』で、結果的に内容が理解しやすかったので、もし興味のある方いらっしゃいましたら、この順番で読むのオススメです。

以下、それぞれの本の内容と感想です。

目次

『絶対音感神話: 科学で解き明かすほんとうの姿』

まず1冊目。

こちらは認知心理学を専門とする大学教授がこれまでに自身が取得してきたデータをもとに、「絶対音感を持っているかどうか」の線引きはどのようにされるべきかや、その基準によって分けられた「絶対音感」保持者と「相対音感」保持者では、どのような反応の違いが見られるのか? や、得られた知見をもとに“「絶対音感」は日本で無意味に神聖視されすぎてやしませんか?” との懸念を投げかけている本です。

▼ 著者自身による本の紹介文はこちら(PDFです)
絶対音感神話_ほんのこべや

本の頭の方は、研究内容の紹介も兼ねて、学生を対象に行った実験データのグラフ(反応時間や正答率など)が出てくるので、一見とっつきにくく感じられることもあるかもしれませんが、個人的には、要点もまとまっていて読みやすく、面白かったです。

たとえば、音を聞かせて音名を答えさせるという課題を行った場合、自己申告による絶対音感ある・なしで回答(正答率)パターンがはっきりと分かれてしまうのかと思いきやそうではなく、正答率データがグラデーションのように分布していたという結果のグラフや、反応時間や正答率などから絶対音感があるとされる基準にある人の中でも、黒鍵の音への正答率には差があったりするということ。

また、相対音感しかない人たちでも、よく知っているメロディーだと原曲キーかどうかの判断がつけられる傾向があるということ。

さらには、日本の学生は絶対音感があることで音名にとらわれ過ぎてしまい、ある音と音の距離感(例:ドとミの距離 = レとファ#の距離)を捉えるのが、相対音感保持者よりも不得手であるようなことなど。

そしてこの最後の知見から、「日本の音楽教育で絶対音感を身につけると、音楽的なメロディや響きなどを感じる力(相対音感)が弱まってしまうのではないか?」との著者の論が展開されていました。

欧米圏の学生はそもそも絶対音感保持者が、音楽を専門的に学んでいる学生であってもかなり少なく(!)、最後の音と音の距離感を捉える課題も、日本の学生とくらべ正答率がかなり良いそうです。

音を聞いて音名が浮かんでしまうのは、この本でも書かれていましたが、かなり自動的な処理と思われるので、数少ない欧米圏の絶対音感を保持している学生は、最後の課題ではどういうパフォーマンスを示すのかな? など、この辺のことについては、平均データだけでなく、個人ごとのデータも気になりながら読んでいました。

あと題名にもある「神話」という点については、たとえばモーツァルトなど、「偉大な音楽家は絶対音感を持っていた(いる)のではないか」と巷で言われていたりしますが、必ずしもそうとは限らないとの話や、「絶対音感保持者は1万人に1人」という研究論文でもよく引用されている言説があるそうなのですが、それは信頼性の低いデータが出典になっていること、またアジア圏には絶対音感保持者が多い傾向があり、それは教育方法の違いかもしれないし、はたまた遺伝的な要因があるかもしれない、という話など、初めて知る内容も多く、面白かったです。

『絶対音感』

続いて2冊目。

こちらは「絶対音感」に関わる事柄として網羅している範囲が、1冊目とくらべると、かなり広い本でした。

たとえば、音楽に関わる仕事をされている方々の「絶対音感」にまつわるエピソードがふんだんに盛り込まれていたり、いまは亡き偉大な音楽家や音楽家に憧れていた人たちの「絶対音感」をめぐるエピソードが書かれていたり。また日本における音楽教育の歴史のなかで、戦前・戦後を通して「絶対音感」がどのように扱われてきたのかや、それらの教育が抱える問題点。はたまた、それらの間間にはさみこまれる、音の知覚を研究している研究者たちによって明らかにされた知見。さらには、五嶋みどり・龍兄妹を育てた母 五嶋節の教育方法・方針などを軸として、五嶋家に関わるエピソードがふんだんに盛り込まれていました。

とにかく膨大な情報がぎゅっと濃縮されて詰め込まれている一方で、文章中に出てくる用語の説明はそれほど多くはないので、1冊目でざっと「音程」「音高」「周波数」「ピッチ」「絶対音感」「相対音感」など、「絶対音感」に関する用語の意味が頭にはいっていたからこそ、読みやすかったように思います。

また後半はかなり「五嶋(ごとう)家」のエピソードに話の比重が置かれており、やや情緒的な内容に傾いていたかもしれません。ただそれはそれで、五嶋龍君の成長ドキュメンタリー番組に馴染みがあった世代ではあったけれども、彼の姉である五嶋みどりさんの方の当時のフィーバーぶり知らなかった世代としては、ああ、こういう背景があったのかと楽しめました。

他には、日本の音楽教育のなかで、「絶対音感」が戦争に利用されようとしていたという話や、絶対音感を身につけられるメソッドとして幼児教育の分野で注目を浴びてしまい、音楽を楽しむという本来の目的から離れ、ちょっとした特殊能力の獲得という視点だけで独り歩きしてしまっている「絶対音感」への教育者たちのジレンマなど、当事者の声がふんだんに盛り込まれており、1冊目とは毛色の異なる本でした。

特に、音楽家の方の絶対音感があるが故の苦労話なんかは、なかなか聞く機会もないので、新鮮でした。

たとえば、世界にはたくさんの楽器がありますが、ピアノのように厳密にチューニングされているた楽器は特殊で、人の声しかり、バイオリンや管楽器しかり、自分で音程を作り出す楽器も多くあるので、それらと合奏するような場合、絶対音感があることでうまく合わせることが出来ず、原曲キーに引きずられていつの間にかハチャメチャな演奏になってしまったり、原曲キーとのズレへの猛烈な気持ち悪さを抑えながら演奏する羽目になったりなど、なるほどな! と思いました。

まとめて雑感

そんなわけで2冊読んでみたのですが、そもそもの読むモチベーションになっていた、

  • 「絶対音感」って何なんだろう?
  • どういう仕組みなんだろう?
  • どうやって獲得されたんだろう?

などの疑問が解消されたかというと、まだまだそんなことはなく(笑)

もちろんそれぞれの本が出版されたのが、2014年(『絶対音感神話』)、1998年(『絶対音感』)と、昔のことなので、そこからより明らかになってきたこともあると思うのですが、「絶対音感とはなんぞや?」というのは、まだまだ解明されていない部分が残っているのだな、ということがわかりました。

そもそも本にもあったように、欧米圏ではアジア圏と異なり、絶対音感保持者の割合が低い傾向にあるようなので、少しばかり研究されにくい分野なのかも? とも思ったり。

ただ、半音以上の音の違いを聞きとることはほとんどの人が知覚的に可能なので、単純に「この音」は「この音名」という結びつきがインプットされる回数が多ければ、絶対音感と言われるものが獲得できるのだろうな、とは思います。ただ、その結びつきの獲得が年齢を重ねてしまうとできなくなるのは何故なのか? というのは、まだはっきり分かっていないのかなと。日本語が母語である人の英語のlとrの聞き分けと同じように、持っていても大きな意味のない能力だから、そういう峻別が起こるのだとは思うのですが。

本にも名前があがっていた、絶対音感を取り入れた音楽教室「一音会」を主宰されている江口(榊原)彩子さん、この研究で教育学の学位も取られているようなので、次はその辺りの本も、面白そうなのがあれば読んでみたいなと思っています。

▼ 2001年制作のものですが、こんな映像もありました。複数の和音を聞き取れている子どもの演奏は、たしかに違うかも? と感じちゃったり。

「絶対音感」を身に着けさせたい! という気持ちはそこまでないのですが(◯歳までにやらないと身につかない! と言われると、なんだか、もったいなく思ってしまう気持ちはある、笑)、上のリンク先にある2001年制作の映像でもやっていた「和音あてクイズ」は、単純に遊びとして面白いかも!? と思ったので、そのうち息子とやってみようかなと考え中です。